発達障害をもつ息子(ぶぅ)とそのハハ(こうめ)の毎日
こうめとぶぅの毎日
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私も願う
2006年 04月 28日 (金) | 編集


願い (懺悔もこめて)



Hidekiさんが思いを綴られています。

私も障害児の母ですから、私が声高に「理解してください」と言っても、説得力が無いとずっと感じていました。
そして、少し、孤立していきました。

息子はまだ交流級には行っていません。
口には出さないけど、「息子自身が行きたい気持ち」があるのは、親としての感ですが、分かるんです。

でも、息子の持つ、過敏さや冗談の通じなさや悪意の無いマイペースを子どもたちに簡単に理解できるほどの時間は学校にはありません。

先回りの思いで懇談会でも息子の障碍をきちんとは話しませんでした。
いや、どうやって話したら良いかすら、分からなかったんです。

私がもし健常の子の母親で、自分のクラスに障碍を持った子が籍を置いている、そういう状況でも、その事事態にそんなに興味が無いんじゃないか?って思ってしまっていた事も事実です。

話す前に諦めてたんです。

今はまだ無理でも、ちゃんと君を理解する友人はいるよ?って教えてあげたい。
そう教えられる状況がきたら、胸を張って行けるような気がします。
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Comment
この記事へのコメント
たららんさ~ん!!!ありがとう、こんなときにコメントしてくれて。

メトロくん、身体は大事に至らなくって、本当に良かった。
息子に良く似たメトロくんですから、その不安は少し想像が出来るのです。

周りへの理解、ようやく落ち着いて考えられそうです。
「急にプリント貰うのってちょっと引く」とママ友に言われてたので、考えていたんですが、個別の先生にも話してみることにします。
2006/ 05/ 01 (月) 09: 51: 23 | URL | こうめ>たららんさん # -[ 編集 ]
自分のブログにコメントできなーいので こちらに。
メトロの怪我はたいしたことありませんでした。心の傷、、、これがね これからの一番の課題です。

先日 私たちのサークルで 回りの人たちへの理解について 話し合いました。
1.1年生の時 自分のこのことを書いてプリントとして クラスの保護者にくばってもらった。
2.3年生の時 交流のお友達に自閉症について 説明をしにいった。
3.私ですが5年生で 交流クラスでメトロのこと 自閉症のことをはなしにいった。
4.1年のとき 自分の子どものことをプリントにし 光とともにをまわし読みした。
と いろんなパターンがありました。
いつがいいとか わかりませんが 少しでも理解をしてくれると助かりますよね。
いきなり 保護者の前でってのは 私も無理かも!
地域の保護者から味方につけた、、会う人には 障害をもっていることを話しまくったので。と思います。
ぼちぼちね。
2006/ 04/ 30 (日) 12: 39: 04 | URL | たららん # -[ 編集 ]
>かまねこさん
敵視する人・・・怖いです。
まだ会ったこと無いけど、あ、でも園で話さなかった人たちのグループってそうだったのかも・・・

見えないものを説明するのは、とても難しい。
でも、私が話していかないと、分からないですものね・・・



>桃里さん
ありがとう、そう思ってくれる人が、この世の中にいてくれるだけでも、うれしい。
Y君のお母さんも嬉しいだろうな。
すごく伝わってきます。

昨日、息子の小さいパニックについて、お手紙をA4で書きました。
まずは担当の先生がジヘイ初心者なので、以前もかなり息子の取り扱い説明書は詳しく書いたんですけど、もっと、具体的な例で突っ込んだものも必要だと感じたので。
きちんと、夫にも読ませて、かたよってないか?変な言い回しは無いか?を確認してもらいました。
明日、渡してきます。

交流級の先生は新人で、見ていると、一杯一杯なのが分かります。でもそのままにしていても何も進まないので、今回の手紙にも「息子は交流級に行きたい」と伝えました。

この頃「お友達と遊びたい」って口にするんです。
園では毎日遊んでたんだから、そう思うのも、不思議ではないし。

まずは、個別の担当の先生に息子を分かってもらわないと。
パニック起こしてるのに。横で長々説明し始めたりして、見ていて危険ですから・・・(慌てて止めたけど)


>Hidekiさん
いや~、泣きました。
そのとおりだけど、どうしたら良いの?って思ってしまって。

今は本やTVなんかを見たり、新聞なんかでも取り上げてるから、随分誤解している人は減ったのかもしれないとは友人のママたちで分かります。

でも、それは、友人だから興味を持ってくれてるんですよね。
それを拡げて行かなくてはいけないな・・・と。

少しづつで良いから、機会ごとに話していけたらと思うので、その辺の気持ちを個別の面談で話して来ようと思います。

息子の「みんなと遊びたい」気持ちを考えると、胸が詰まりますから。


>政道さん
近所の方々には、小学校に上がってからでも良いとは思います。
学校でのお付き合いが多くなるので、必然的に話すときが来ます。
今は準備期間でも良いのではないでしょうか?
なんて、私は近所に話す余裕すら無かったんですけど。

自分の親にもなかなか話せずにいましたから・・・

子どもたちには話していません。
同じ園の子は、生活していく中で自然に息子のハンデは気が付いています。
同じ園でない子には、難しいですし、子どもって案外一年生では気にしませんから。

小学校になると、先生への理解のほうが面倒ですね。
園では時間がありますけど、学校は本当に時間が無いですから。
いま、直面していて、実感しています。



>ぴーまんさん
そうだったんですか?
ちっとも知りませんでした。
スッキリされたなのなら、とても良かったです。

大人よりも子どもは感覚が鋭いですね。
そこが上手く動けば、息子にとってはプラスになると思います。
今はその機会も無いので、その辺を考えていかないとな、と。

息子のクラスには、息子よりも重いジヘイくんがいます。
転校生なのですが、どんどん交流級にも行ってます。
年齢的なものもあるんだろうか?と感がえてしまいますが、先生の度量はかなり感じてしまっているのは事実ですね。
打破していかないとな、と改めて思います。
2006/ 04/ 30 (日) 08: 30: 12 | URL | こうめ # -[ 編集 ]
おととい、検査結果が出て、私自身もアスペちゃんの仲間入りして来ました^^!生き難さの理由が分かり、スッキリしました。
息子小3は、「周囲は、俺のことを、まだ理解できない。」という事を悟っています。周囲が、「その点において」まだ「子供」だ、と、悟っています。その原因が、世の中の親たちにあるのか?世間にあるのか?分かりません。例えば、それに関した「アニメ」でも、上映されれば、子供たちは子供達なりの理解が出来るかと思います。逆に、大人よりも「感覚」で、お友達をしてくれている子供達の方が強いかも^^!
大人への啓発&子供への分かりやすい啓発、両方必要ですね!
ちなみに、我が家に個人的に来て下さっているヘルパーさんの御宅では、「光と共に」を、家族全員で読んでくださいました。小学4年生を越すと、子供も理解力が増すようです。長くなりごめんなさい。
2006/ 04/ 30 (日) 07: 15: 38 | URL | ぴーまん # -[ 編集 ]
うちもまだ、我が子の障害について、なにも周りの人に話せていません。
保育園でも先生意外はほとんどしらないでしょう。
家の近所の人も、全く知りません。
どう話そう、と思うばかりでまだ前に進めていません。
人と関わるのが苦手なわが子に代わって、親がうまく周りの人との架け橋にならねばと、気持ちばかり先走ってはいるのですが、最初の一歩が出てゆきません。
それでも、少しずつでも前に進んで行きたいですね。
一歩ずつでも前に進んでゆきたいです。
2006/ 04/ 29 (土) 23: 40: 39 | URL | 政道 # KFT6j.U6[ 編集 ]
こんにちは

拙い記事をとりあげていただいて、どうもありがとうございます。自閉症というと、まわりのことに無関心な子というイメージがありますが、実はまわりに関わろうとすることが結構あります。それが、見えるだけに何とか上手く導いてあげたいという気持ちに、よくなりました。

かといって、その気持ちのまま動くと、どうしても押し付けがましくなる。ほんと難しいです。

その意味では、まわり…まわりの大人と、まわりの子どもと、親がまず仲良くなることが必要になってくるのかもしれません。

まぁ、そこの部分を、先生であったり、まわりの人が慮って、導いてくれるようになれば、どんなに助かるか、という思いはぬぐえません。

このあたり、めぐり合わせもありますし、いっぽうで先生ははじめ、まわりの大人も人間ですので、かれらを上手く巻き込む工夫というのが必要になってくるのでしょうね。

いつも自然体でかかわり、しかも味方をたくさんつくるようにしていくのが、当面の処方箋なんだと思う。
2006/ 04/ 29 (土) 09: 26: 13 | URL | Hideki # JalddpaA[ 編集 ]
「くそぅ、なんか悔しい」って思います。
何が悔しいんだか分からないんですが…
交流級に自然に受け入れられるかどうかは、交流の先生の力が大きいんだと
去年オープンスクールに行って、思いました。
そこの交流級の先生はとても力のある人でした。
(情緒級の先生の力なさとは対称的でした。)
ぶぅくんより知的に重い自閉症児Y君は、交流級の子に
自然・かつ配慮されて受け入れられていました。

1年生のY君が3年生の子(乱暴なタイプ)に砂山を壊されて、
怒って向かっていくのをみて、
何人かの子はすぐにその場へ行って止めようとし
(1年生だから、強そうな3年生は怖いはずです)、
他の子は走って先生を呼びにいったそうです。
そしてその後、
クラスで話し合い活動をし、他のクラスに対して、
「Yくんは1ねん1くみだから、いじめないでください」という手紙を
作ったそうです。

見学した交流の授業は、人権の授業で「Y君のことを知ろう」というものでしたが、
子供たちはY君のことをYママが驚くほどよく知っていました。
長所も(いくつも)短所も知っており、さらに全体として好意的にみていました。

Y君は幼稚園でも他の子に好かれていましたが
(同学年の子は、明らかに彼のハンデを分かっていました。)
同じ幼稚園の子は、クラスの3分の1しかいません。
またY君も、「おとなしく扱いやすい、相手のいいなりになる」タイプというわけではありませんでした。

残り3分の2をY君に向かせる力(センス)と技術…それがその先生にあったのだ、と思ったのでした。

しかし、誰もが(どの先生もが)その力(センス)と技術を持つわけではない、
その能力の限界、
それがなんだか悔しいのです、とても。

ぶぅちゃんのように、「普通に見え」、さらに個別クラスにいる場合、
さらに先生の力量が必要になってくるのではないか、と思うと、
なんかもう…
先生を激しくぶらぶら足を浮かすくらい揺さぶっても、
その能力や技術やセンス自体がその人に備わっていなければ、
力の出しようがないかもしれない、と思うと、なんかもう…

でも、ここまで書いて思いましたが、
やはりこうめさんの意向だとか、持っている強い不安を
ダイレクトに表現し、
そのためにはどうしたらいいだろう、と
個別の先生と相談して、個別の先生を巻き込んで一緒に勉強してもらって、
交流の先生も巻き込んでいく、ことなら
最初の一歩としてできるかもしれないな、と
思いました。
道は長くても最初の一歩から…
私が今ふと考えたこと↑でなく(それは状況にあっていないかもしれないから)、
こうめさんが「コレならできる!(これなら状況に合う)」と思ったことを
急がず、すこしずつ、自分のムリのないペースで… なんて、ね。
2006/ 04/ 29 (土) 06: 48: 42 | URL | 桃里 # TFdBPIcY[ 編集 ]
前に親の会で、共感して支援してくれる人1/3、興味ない人1/3、敵視する人1/3の割合だよね~という話になったことがあります。確かに、今もそんな感じです。
社会に出ると、興味ない人の比率がぐっと高まりますよね。
何とか味方を確保したい…。
2006/ 04/ 29 (土) 00: 31: 42 | URL | かまねこ # -[ 編集 ]
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