発達障害をもつ息子(ぶぅ)とそのハハ(こうめ)の毎日
こうめとぶぅの毎日
スポンサーサイト
--年 --月 --日 (--) | 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
私も願う
2006年 04月 28日 (金) | 編集


願い (懺悔もこめて)



Hidekiさんが思いを綴られています。

私も障害児の母ですから、私が声高に「理解してください」と言っても、説得力が無いとずっと感じていました。
そして、少し、孤立していきました。

息子はまだ交流級には行っていません。
口には出さないけど、「息子自身が行きたい気持ち」があるのは、親としての感ですが、分かるんです。

でも、息子の持つ、過敏さや冗談の通じなさや悪意の無いマイペースを子どもたちに簡単に理解できるほどの時間は学校にはありません。

先回りの思いで懇談会でも息子の障碍をきちんとは話しませんでした。
いや、どうやって話したら良いかすら、分からなかったんです。

私がもし健常の子の母親で、自分のクラスに障碍を持った子が籍を置いている、そういう状況でも、その事事態にそんなに興味が無いんじゃないか?って思ってしまっていた事も事実です。

話す前に諦めてたんです。

今はまだ無理でも、ちゃんと君を理解する友人はいるよ?って教えてあげたい。
そう教えられる状況がきたら、胸を張って行けるような気がします。
スポンサーサイト
息子へのプレゼント・・・?
2006年 04月 27日 (木) | 編集
この数日、PCに張り付いてました。
それは・・・

今考えてる事
2006年 04月 23日 (日) | 編集
お久しぶりです。
毎日、息子は大暴れです。

よっぽど、がんばっているんでしょうから・・・しかし、すごいな。

療育は必要だと改めて実感しまして、今、民間でも探しています。
児童精神科も必要なので、継続して検討中です。

お互いに慣れない学校生活で、記事を書く余裕はあまりないので、少し更新は(さらに)ゆっくりになりますが、その分頑張っているんだろうと心に留めて置いていただければ幸いです。

また、もうすぐに夏の計画もありますね。
頭の痛いところです。
しかも今年は、初めてのなが~~い夏休み。
私のほうがしんどそうなのは眼に見えてますが・・・

GWの予定どころではないので、せめて夏休みだけでも楽しませてあげたいものです。

私も少し休息しつつ・・・
疲れが出てくる頃
2006年 04月 17日 (月) | 編集
学校はまだまだ忙しく、行事が多いので、先生もそろそろお疲れ。
私もお疲れ。

息子はというと、まだ新しい事への刺激でパキパキって音がしそうなくらいな感じ。

謎が解ける
2006年 04月 11日 (火) | 編集
入学式のときに会った、個別の新しい先生。

なんだか、合わないと思っていたら、謎が解けました。

去年まで普通級の1年生だけを受け持っていたのだとか・・・

あぁ、そうなんだ。

そう、もうお気づきの方もいますね?

障碍を持った子どもと接するのは、実質、初めてだったのです。

なぁんだ、そっか、それならあの「いつまでも親が傍には付いていられないのですから」って言葉も、なぜだったかは頷ける。

息子は普通に見えるんだもん、外見はね。

「この、たった数日で、今までの経験が根底から考えが覆されました」って話してたから・・・


「そう、私たちも同じです。障碍を告知される、その1日で、今までの子育てが全て覆ったんですよ。」
 

そう言いたかった。

先生も手探りだという、分からない事が沢山あって、と話した。
それでも、反応がすぐに返ってくるので、やりがいがあるといってくれた。
「息子さんはとても良い子ですよ?頑張って育ててこられたのでしょう?」と・・・

頑張った?いや、今でも頑張っている、ずっと終わらないマラソンをしているように。

でも、時にはランナーズハイもある。
その快感がたまらなく嬉しいから、走っていられるのだ。
初めての懇談会
2006年 04月 10日 (月) | 編集
個別が先で、交流級も行く。
でも、交流級の先生は新人先生で地方から出てきたばかりのかわいらしい人。

どうしたら良いか?多分お互いに分かってないので、個別の先生が「ぶぅ君のこと、個別級の事、説明しに行きましょうか?」と言われたんだけど、断ってしまった。

先生がいっぱいな状態なのは、見て取れるから、そこで息子の障碍について話してもなぁ~って。
他の個別の新入生のお母さんは、「ぜひ!!」って言ってたけど・・・

まだ息子は自分が小学生になったことは分かっているけど、それ以外のことには余裕が無いので、当分交流も無い。
自分のクラスが2つあるなんて、思ってもいないだろう。

さて、交流級に行ったはいいが、居場所が無いような、どうして良いのか分からない感じ。

私もそういう雰囲気に徐々に慣れていくんだろうけど。

個別のお母さん方は、活気があった。
みんな、ハキハキしていて、さっぱりしていた。
個別の親の会の話などもあったし、残念なのは時間が短いこと。

始まったばかりで何にも分からないけど、ただ1ついえることは
「学校は自分から入って話していかないと、分かり合えない」
ということだ。

学校での息子と自宅での息子は、当然違う。
連絡帳に書き切れないこともあるし、どうやって書いていいか分からない事もある。

もっと、先生と話したいなと思った。
混乱の糸
2006年 04月 09日 (日) | 編集
ぶぅが小学校に通いだして、2日経ちます。

この週末に気が付いたのですが、彼の記憶の中では混乱が起きているようです・・・

今までに経験がないのですが、

以前あった事と、今日起きた事がくっついてたり、すごく幼い頃の記憶を突然しゃべり始めたり・・・

それだけ今、頑張って新しい事を吸収してるんだろうけど、脳の情報処理が混乱してるんだろうな?って思います。

イライラしているのも同じ事でしょうね・・・

以前には無かったかなりムキになって、言い返してきたり 

さすがに夫も私も、その度の対応に疲れが出始めています。

でも、今はぶぅが頑張っているのだろうから、と私たちは見守るしかないのです。

手助けしてやれないことが多くなり、口を出せない事も多くなってくるのでしょう。
でも、目は離せない・・・

始まりはいつも騒がしい・・・
頑張ったよ
2006年 04月 05日 (水) | 編集
息子は頑張った。
私が隣に付くっていう条件で、全てをこなしました。
国歌斉唱だけは「何で立つのか分かんない!」って怒ったので、座ってましたけど。

学校についてからすぐに耳栓をする約束をした。
息子は言うとおりにしてくれた。
体育館の反響音が心配だったから。

個別の先生が待っていてくれたので、そのまま交流クラスへ行くことになった。

もうザワザワのMAXの中でも、きちんと並んで私と手をつないで、拍手の中を歩き、席に着いた。

メモを片手に今何をしているか、次はどうなるのか、一個一個書いていった。
途中、話が長いところは、お絵かきさせてしのいだ。

すぐ次の行動を教えるようにして動いた。

個別の先生は目を離さずにいてくれたので、途中から安心し始めた、私。

今年から個別の先生が1人増えた
新しい先生がいた。

「良かったですね、入学式も参加できて、ずっとお母さんが着いていられ無いのですから・・・」

「・・・?・・・・はい。」

もう少し子離れしないと、と言いたかったのだろうか。
過保護な親だと・・・

そりゃあ、したいさ、私だって。

この先生は、少し合わないかもな、と直感する。

どうにでも言ってくれてかまわない。
ここまで育ててきたのは私なんだから。
母・テンパル
2006年 04月 04日 (火) | 編集
すみません・・・
明日、入学式のため、今日、学校側の好意で練習させてもらったんですけど、席にすら座れません。

一緒に入学する個別の子もいたのがダメだったようだ。
3人もいたな~。
女の子ばかり。

そんな訳で、学校側には「入学式に出なくても良いですから」って言ったんだけど、帰ってから電話があった。

「出られるように、一緒に考えたいんです」

副校長先生と色々協議した。

初めから無理なら、私の見極めで、個別のクラスへ行って待ってる。
写真もパス。

私が一緒にいることで、座っていられるなら、私も隣に座って参加する。
そのまま写真も撮る。

どうしたってダメなら、それで良いから、状況に応じて判断してくれ、と。

その後、全部終わってから、校長先生と副校長先生と個別の担任だけでぶぅのための入学式をする。

それで良いよね?

そんな訳で、私は少してんぱってしまいまして・・・
コメントのお返事は帰って来てからゆっくりで良いですか?

ごめんなさい。
さようなら、また今度
2006年 04月 01日 (土) | 編集
昨日で最後の息子の保育園生活。

息子ではなく、私がなんだか空っぽな気分。
卒園式で泣かなかったから、昨日は大丈夫だろうと思いきや、泣いた。

息子が帰ろうとして玄関にいると、まだお迎えでない子がざざ~っと、仲が良かった子たちが集まってきた。

「もう、会えないの?小学校違うから?」
「小学校遠いの?そんなところ行かないで」

そう言いながら女の子は泣き出した。

男の子は、息子を抱きしめてきた、何人も入れ替わり立ち代り。
その姿にもう、やられてしまった。

ぼろぼろと涙をこぼしているところに、4年間ずっと傍に付き添っていた担任が現われた。

手には・・・聴覚過敏が分かったときに渡した「ケースに名前つきの耳栓」を持っていた。
そうだった渡していた事すら忘れていた。

それを差し出された時には、すでに涙は止まらなくなっていた。

「これは一度も使いませんでした。ぶぅ君も使わないと言いまして・・・」

担任も涙で話がとぎれてしまう。

「・・・本当に・・・理解が足りなく・・・・行き届かなかった点がたくさんあったと思います・・・申し訳ございませんでした・・・」

「そんなことありません!!!本当に長い間お世話になりっぱなしで、ありがとうございました・・・」

そう、言うのが精一杯だった。

息子だって、私だって無理もたくさん言っただろうし、息子のパニックにずっと付き合ってきたのは、彼女だ。
どんな時も、ずっと息子の手をつないできた。

大きなパニックを起こしても、「お迎えに来てください」とは言ってこなかった。

「いつでも電話してください」って言ったけれども、一度も無かった。

時に、それは無いんじゃないか?と思うほどのこともあったが、集団で動いている以上、限界もあったのだろうと思う。

なにより、息子は園が大好きだった。
それが一番の答えだと思う。

人や物にあまり執着しないので、もう会えないんだと話しても

「ふぅ~ん、そっか、小学校行くから?」

それでも、園庭で遊んだ後に、もの凄い大きな声で

「ばいばぁ~い!!!みんな、ばいばぁぁぁ~い!!!」

色んなところから響いて返って来る

「ぶぅくぅ~ん!!!ばいばぁ~い。」

ありがとうって、園に向かって一礼して帰った。

これを読んでくださってる方々も、ありがとう、息子は本当に卒園しました。
今日も息子は元気です。

これから小学生になります。
copyright (C) こうめとぶぅの毎日 all rights reserved.
designed by polepole...

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。